2006年11月06日

不忠臣蔵

元禄15年12月15日に、大石内蔵助ら47名の赤穂浪人は、吉良邸に討ち入って、主君の仇・上野介の首をとり、武士道を貫いた「義士」として称えられました。
この義挙(討ち入り)に加わらなかった者は「腰抜け」「不忠者」と非難されましたが、こちらの方が、赤穂藩270名ほどの家臣の8割以上を占めています。その中には、命惜しさから同志にならなかった人もいましたが、親孝行や恋のために抜けた人、主君への忠心を持てなくなった自分に誠実に生きた人等、それぞれの抱える葛藤があって、結果として忠義の道を捨てたのです。


読みたかった吉里吉里人がなかったので

たまたま目についたこの本を読みました。

『刃傷の原因は遺恨ではなく乱心だった』

『吉良上野介は赤穂浪士に逃がされ余生を過ごしていた』

という説があることくらいしか知識がなかったので

とても興味を持ちました。

一番「なるほど!」と思ったのは浅野内匠頭は

その日のうちに切腹になったのに吉良側には

何らお咎めなしとなった理由です。

「喧嘩両成敗なのにずるいじゃん。」って思っていましたが

この本には切腹になった理由は別にありました。


仇討ちしたのは少数派、その他大多数の仇討ちしなかった

家来の方が日本人の縮図では。


この考え方にも納得でした。忠臣蔵が日本人の心なら

ほとんどが討ち入りに参加したはずです。

もう大昔のことだから本当のことは誰にもわかりません。

正誤とは別でいろいろな見方をしておもしろい本です。

各話のラストのどんでん返しも楽しめました。






posted by シロ at 13:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 本のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/26133900
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。